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助産師の歴史


助産師の歴史

助産師の歴史は、奈良時代の"女医"に始まり、産婆として江戸時代から女子の職業として栄え、明治時代に入って日本初の女子教育として教育制度が整備された。「産婆規則」で明治32年に身分が確立してから今年で120年を数え、妊産婦死亡率の減少に大きな業績を残している。

産婆とその制度の変化

出産を扱う歴史は、民俗学、人口学、医学史などの学問分野で多くの研究がされてきた。有史以前の出産の歴史は、縄文時代の共同体では妊娠土偶などにより推測するにとどまるものの、杉立は(2)「分娩のときにはおそらく共同体の女性同士で助け合い、お産の経験豊富な年長者が、産婦に注意を与えお産をうまくリードしていたであろう。当然のなりゆきとして、後世にいう取上婆的女性が存在したと思われる。」としている。古くはヨーロッパなどでも魔女狩りの対象とされた時代もあった「産婆」であるが(3)、わが国の歴史的背景として明確とされているものは、飛鳥・奈良時代の「女医」(4)である。
産婆の身分・業務確立の時代として、1868(明治元)年の太政官布達には産婆取り締まり規則(堕胎、売薬の禁止)制度ができた。1874(明治7)年には東京・大阪・東京の主要都市三府に発布された「医制」により、産婆に関する条文が3 箇条(第50 条より第52 条)条文化され、産婆は免状制となり、産科医との業務区別が明確化されるとともに、わが国の産婆制度の大綱となる(5)。その後、1875(明治8)年には西洋式産婆教育が開始された。また、 1899(明治32)年には産婆規則が発布され、それまでされなかった国による法的身分、業務内容、教育の確立(試験、登録制度)が始まり、ここではじめて全国レベルでの産婆の資質水準の統一が図られ、それまでの産婆とは区別される。甲種免許(養成教育を受けた新産婆)、乙種免許(簡易試験を受けた旧産婆)、登録者(学校卒で無試験で合格したもの)と、産婆の資格制度には大きく3 つに分かれ、この3 資格の混在は昭和初期まで続くことになる(6)。
現代では1948(昭和23)年に保健婦助産婦看護婦法が制定され、従来の資格とは異なり、看護婦教育後の課程として助産婦教育を位置づけた。2002(平成14)年3 月より「保健婦(士)」、「助産婦」、「看護婦(士)」及び「准看護婦(士)」は、それぞれ「保健師」、「助産師」、「看護師」及び「准看護師」に改称され現在に至っている。